二次小説(TYPE-MOON作品・月姫×Fate)【運命はある日突然】序章 懐かしい声。 枕元の携帯電話から、着信を知らせる メロディーが流れる。 枕に顔を埋めたまま、電話の通話ボタンを押した。 「お久しぶりですね、夜分遅くに失礼とは 思いましたが、なるべく早く知らせた方が 良いと思いましたんで」 鈴の音が鳴る様な、それでいて 確かな強さを感じさせる声が耳朶に染み渡る。 「本当に久方ぶりで。そちらの皆さんは相変わらず?」 ベッドの上で仰向けになり、懐かしい声に答えた。 「ええ、相変わらずです」 声は柔らかく優しくなった。 電話の向こうで微笑む顔が目に浮かぶ。 「で、お知らせと言うのは一体?」 「ええ、実は・・・」 声は初めのトーンに戻っていた。 壱/再会 『えー、三咲町、三咲町です』 到着のアナウンスに男は瞑っていた目を 開け、電車を降り改札へと向かった。 改札を出て、 「んあーーっ」 冬の太陽を支えるかの如く、男は背伸びをした。 駅前を行き交う何人かの奇異の視線を 浴びているが余り気にしていない。 男は純然たる「普通の人」に見えた。 歳の頃は25、6位。 身長はさほど高くなく、167センチ位。 黒いTシャツにジーンズで赤いスニーカーという ラフないでたち。 体型は少し細身だが痩せている印象は無い。 軽くウェーブしたクセのある髪を無造作に 伸ばしている所為か、ぼさぼさの髪型になっている。 目は少し細く、さして顔立ちに特徴は無いが、 よく「浪速のジョー」と言われている有名な ボクサーに似ていると言われる。 「久しぶりに此処に来たなぁ」 至って平凡な駅前に立ち、感慨深げに呟く声に 「あれから一年。早いもんですね」 と返事が返ってきた。 後ろを振り向くと一人の女性が立っていた。 「師匠御自らのお出迎え、嬉しい限りです」 深々とお辞儀をする男を見て 「師匠は止めてください。背中が くすぐったくなっちゃいますから」 と苦笑しながら答えた女性は、 歳の頃は17,8位で男よりかなり年下に見える。 身長は男と同じ位。 からし色のタートルネックのセーターに デニム地の丈の長いスカート、ハイカットの 編み上げブーツを履いている。 藍色の髪と眼鏡の奥の澄んだ蒼い瞳は明らかに 日本人ではない事を証明している。 優しく柔らかな中に凛とした強さの見える 美しい貌に目を奪われる通行人も少なくない。 「じゃあ前みたいに・・」 「はい、シエルさんでお願いしますね、河野くん」 男の問いに笑顔で答えた。 「ではシエルさん、電話で言っていた事の 詳細が聞きたいんですが」 少し何かを考えた後 「ここじゃ何ですから、ご挨拶がてら遠野くんの お屋敷で話しませんか?」 「願っても無いです。ご当主や遠野さん、 琥珀さん翡翠さん達にも会いたかったですから」 と笑顔で答え、二人で遠野邸へと足を向けた。 駅から右手に進み、大通りの交差点を渡り、 住宅街に入り、坂を上りきった所に遠野邸は有った。 時代錯誤な洋館は「お屋敷」と呼ぶに相応しい立派な 物だった。 頑丈で大きな鉄の門の脇のこれまた立派な 門柱に備えられたブザーを押そうとしたシエルの手が 止まり 「相変わらず窓から不法侵入ですか、アルクェイド」 と、どこか諦めの混じった声で言うと、後ろの高い 木の枝から誰かがシエルの脇に飛び降りて来た。 木の枝から地上まで約6メートル位。 「いいじゃない、こっちの方が志貴の部屋 に一番早く入れるんだし」 足音も立てず着地したのは白いセーターに 薄い紫のロングスカート、黒のパンプスを 履いた女性。 ふくれっ面で文句を言っているが、 肩まで伸びた絹糸の様な金髪と鮮やかな緋眼の 猫の様な雰囲気を持った絶世の美女。 身長はシエルと変わらないが、完璧な プロポーションは明らかに一本勝ちである。 「お久しぶりです、白姫様。河野です」 深くお辞儀をしながら挨拶をする。 「うん、久しぶり。元気そうで何よりだわ」 眩しい位の微笑みで答えた。 「折角三人とも地に足が着いているんですから、 たまには仲良く玄関からとは行きませんか?」 頭を上げた河野の提案に、二人の美女は 苦笑しながら頷き、ようやく門柱のブザーは 本来の役目を果たすに至った。 『はーい、どちら様ですかー?』 ブザーのスピーカーから女性の声が返って来た。 「シエルです。遠野くんはいらっしゃいますか?」 『あ、シエルさん。今門のロックを解除しますねー』 ガキンと言う金属音の後、門が開いた。 「お先ー!」 「待ちなさい、抜け駆けなんてずるいですよ!このあーぱー吸血鬼!」 開門と同時に競馬の競走馬の様にダッシュしたアルクェイド と叫びながら後を追うシエル。 走り去る二人を見ながら 「本当に懐かしい・・」 と微笑みながら河野は玄関へと歩いていった。 玄関に入る前に開けっ放しの木製の重厚なドアに ノックするが、目の前で両手を腰に当てながら、 同じ姿勢で「カレー魔人」だの「万年能天気」だのと 言い合いする声にかき消された。 「まあまあ、おふたり共いつもの事ながら、 仲良しさんなんですねー」 「「どこが仲良しよ(ですか)っ!」」 その声に同時に仲良くツッコミを息の合った タイミングで入れている。 あはーと笑いながら、どこか見当外れの様でいて、 案外当たっている様な事を言いつつアルクェイドと シエルの仲裁をしている怒声など考えられない様な 優しい声の女性がひとり。 琥珀色の大きな瞳が印象的な 向日葵の様な笑顔の美少女。 歳はシエルと同じ位で17、8位。 身長155、6と言った所か。 肩口で切り揃えられた濃い桃色の髪の後に 大きな蝶結びの青いリボンが見える。 薄茶色の和服に両肩にフリルの付いた割烹着 というなんともアナクロな出で立ちでも違和感が 無いのは不思議だ。 「お久しぶりです、琥珀さん」 「まあまあ、河野さん本当にお久しぶりですねー。 お元気そうで何よりですー」 と笑顔で挨拶を返した。 「あれー、ねえねえ琥珀、翡翠は?」 言い争いに飽きたのか、憮然とした表情で 自分を睨んでいるシエルを無視し、 アルクェイドが琥珀に尋ねた。 「あ、翡翠ちゃんは今志貴さんのお部屋の お掃除の最中ですから邪魔しちゃ駄目ですよー」 と釘を刺す様に答えた。 「そうそう、邪魔なんてしたら、後で遠野くんに 叱られますからねー」 表情を一変させ、勝ち誇った様な顔でシエルが 追い討ちを掛けた。 「とりあえずここで立ち話も何でから、居間の方 へお上がり下さいねー」 ぷんぷんと言う擬音が似合いそうな顔で シエルに食って掛かろうとするアルクェイドの 機先を制する様な琥珀の一言でロビーを横切り、 四人で居間へと入った。 「秋葉様、シエルさんとアルクェイドさんともう一人、 珍しい方がいらっしゃいました」 とアンティークで高級そうなソファーに腰掛けていた 艶やかな腰まであるストレートヘアの黒髪に 白いカチューシャを付けた女性に琥珀は お辞儀をしながら声を掛けた。 歳の頃は16、7位。 薄い水色のブラウスに赤のスカートを履いている。 誰がみても良家の令嬢と言うであろう雰囲気に 意志の強さを容易に窺える様な凛とした瞳。 「お二方の不毛な言い争いは聞こえましたが、 もう一方は何方かしら、琥珀?」 右手に持っていた紅茶の入ったティーカップを テーブルに戻し、秋葉と呼ばれた女性はこちらを向いた。 「お久しぶりです、当主様」 「本当にお久しぶりですね、河野さん。 お元気そうで何よりです」 微笑みながら立ち上がる秋葉と握手を交わす。 「あれからは?」 河野が握手したまま尋ねた。 「愚問ですわ。後で一手ご教授願えますかしら?」 不敵な笑みを浮かべ、秋葉は一瞬だけ握った手に 力を込め、握手を解いた。 「あ、翡翠ちゃん、志貴さん。珍しいお客様が いらっしゃってますよ!」 琥珀の声に皆が居間の入り口に目を向けると 一組の男女が入ってきた。 女の子はメイド服に身を包んだ少女。 割烹着を着ていれば琥珀が二人になった様に 見えるであろう程似ている。 違う所と言えば服装と翡翠色の瞳、双子の姉の琥珀と対照的に 表情に感情が表れ辛い事だろう。 それだけメイドとしての仕事に徹していると言う証でもある。 「お久しぶりです、河野様」 相変わらずの素っ気無い挨拶だったが、 僅かに、だがはっきりと唇の端が上がり、 眦が少し下がっていた。 「本当にお久しぶりです、翡翠さん」 滅多にお目に掛かれない貴重な微笑みに 若干どきどきしながら軽く頭を下げ、笑顔で答えた。 「あ、誰かと思ったら河野さんだ」 翡翠の隣から聞こえた懐かしい声に頭を上げ声の主を見る。 歳は17、8位、身長は170位だろうか。 眼鏡の奥に見える大きな瞳が印象的な童顔のいかにも 日本人然とした青年が立っていた。 青い丹前の下に「朴念仁」と黒くプリントされた白のTシャツに ジーンズと言う出で立ち。 雰囲気は人懐こい犬の様で優しげだ。 「お久しぶりです、遠野さん」 「あはは、志貴でいいですよ。河野さんの方が 年上なんですから」 苦笑しながら差し出された手をしっかりと握り返す。 「本当にお元気そうで何よりです、志貴さん」 「河野さんも」 そして皆に再会できた事を祝福する様に居間の 柱時計が正午を知らせる鐘を鳴らした。 弐/非日常への旅立ち 「ふう。やっぱり日本人には緑茶が一番」 再会を祝ってそのまま昼食を居間で済ませ、 食後の一杯を堪能しながら一番下座に居た河野は呟いた。 「同感です」 長方形のアンティークな木製の大きなテーブルの 対面に座ったシエルが相槌を打つ。 琥珀は食事の後片付けに厨房へ行き、 翡翠は邸内の掃除に戻った。 秋葉はとある準備の為自室で着替えている。 志貴はシエルの座っている椅子の後ろにある 総革張りの豪華なソファーに寝転がって お腹の上に寝ている黒い大きなリボンをした 黒猫の背を撫でている。 アルクェイドは用事を思い出したとの事で 何処かへ行き、今は邸内にはいない。 「さて、本題に入りますか、第七司教」 「ええ」 答えたシエルの声は感情を感じさせない冷徹 と言う言葉を音にした様な声だった。 「一時的にですが、私に埋葬機関への帰還命令が 出ました」 「ええっ!」 返って来た驚きの声は河野では無く、 ソファーから弾かれた様に起き上がった志貴のものだった。 「ちょっ、シエル俺それ聞いてないけどっ!?」 「ごめんなさい・・色々忙しくて伝える暇が・・」 「気にしなくていいよ、シエル。いきなりだったんで、 少し驚いただけだから」 立ち上がり志貴はシエルの肩に手を置き、その手に シエルは自分の手を重ねた。 「後二時間位で駅に機関からの迎えが 来ます」 「・・・・いつ帰って来る?」 「一週間後には・・・もしかして怒ってます?」 縋る様な潤んだ眼でシエルは志貴を見上げた。 「怒ってないけど、少しは相談して欲しかったかな」 「志貴・・・」 「シエル・・」 「あのー・・・・」 目の前で展開する甘ーいメロドラマ空間を 現実に引き戻す声が二人に掛けられる。 「「っっっ!」」 即座にお互いの手を離し、志貴はソファーに、 シエルは司教の顔に戻った。 頬は赤いままだが。 「自分は何をすればいいんですか?」 「私、埋葬機関第七司教の代理として とある所の教会に管理人として赴任してもらいます」 湯のみのお茶を飲み干し、困った顔で河野が答えた。 「・・自分には荷が重い様な気がするんですが」 「大丈夫です。もう危険は無い筈ですから」 「無い筈・・ですか・・。ちなみに 其処では何が有ったんですか?」 諦めた様な口調で河野が問うと 「聖杯戦争です。七人の魔術師がサーヴァントと 呼ばれる死後も語り継がれる英雄と呼ばれる英霊を 従えて、万能の願望機「聖杯」を奪い合う戦争です。 終わってからもう三日も経って ますし、一応埋葬機関の上層である聖堂協会から その土地の教会の管理人を派遣しないといけないのですが、 日本には私以外に任に着ける人材もいない上 帰還命令が重なってしまっているのでどうしようかと 考えて貴方に頼もうと思ったんですぅ」 最後には神に祈る様に胸の前で両手を組み、 涙目になりながらこちら側に身を乗り出してくる シエルを手で制して 「ま、まあ落ち着いて。戦争・・ですか・・・中々物騒な ・・分かりました。 ご期待に沿えるかどうか分かりませんが 自分で良ければその仕事頑張らさせて頂きます」 と苦笑しながら答えた。 「ありがとうございます!貴方なら大丈夫です! 協会には連絡を入れて手筈を整えておきます。 人選は一任されていますから。 それとこれ、任地と聖杯戦争の説明と勝者及び関係者の資料、 仕事の詳細が書いてある書類が入ってます」 週刊誌サイズの封筒に入った書類を河野に渡すとシエルは ソファーに居る志貴に駆け寄り頬にキスした後 「行って来ますけど、いない間に浮気なんかしちゃ駄目ですからね」 と言い居間から出て行った。 「・・・・・」 「・・何か言いたそうですね、河野さん」 呆然としながらシエルの後姿に見惚れている 志貴が呆れ顔の河野の視線に気づき呟いた。 「あ、ご当主」 「っっっ!ごめん秋葉っ!もう家の中でいちゃついたりしませんからっっ!」 瞬間移動したかの様な速さでソファーの陰に隠れながら志貴が叫ぶ。 「あはは、冗談ですよ、志貴さん。男やもめの前でラブラブしてたんだから 、これ位はお返ししとかないとね」 そう言って席を立ち、後ろ手に手を振りながら居間を 出た所で二階の自室で『支度』を終えて秋葉が階段から降りて来た。 「お、いいタイミングですね、ご当主」 その声に微笑みで答え、玄関で黒いスニーカーを履いている 秋葉の姿はたおやかな長い黒髪を三つ編みにし、黒い半袖Tシャツの上に 袖を切った赤い空手着の上下で黒い帯。 拳には赤いグローブ。 しかも手首から先を完全に覆うボクシンググローブでは無く、 オープンフィンガータイプの掴む事が可能な総合格闘向きのものだった。 「舞台は中庭でよろしいですか?」 スニーカーを履き終え立ち上がった秋葉が、 食後の紅茶へ誘う様な軽い口調で河野に声を掛けた。 「ええ、中庭で構いませんよ」 河野も同じ様な口調で笑みを浮かべながら答えた。 「では、お先に」 と言い残し玄関の扉を開け、秋葉は足早に、 かつ優雅に闘いの舞台へと踏み出した。 河野もそれに続き中庭へ向かった。 中庭は丁度居間の窓の外にあり、広さは 学校等にある25mプール位で中央に10m四方の 土の地肌が芝生の中に顔を覗かせていた。 開け放たれた居間の窓から見物している志貴の 隣に、料理の後片付けを終えた琥珀と邸内の掃除を 一時中断した翡翠がいた。 「志貴さん、3分1ラウンドで、開始と終了の合図お願い しますね」 志貴は頷き、腕時計に視線を落とした。 「河野さん、もし私が貴方から時間内に一本 取ったとしたら?」 河野の対面の芝生の切れ目の所で足の屈伸を しながら秋葉が聞いてきた。 「ひとつだけご当主の言う事を聞きますよ」 軽い口調で答えたのとは裏腹に河野の目は真剣そのものだった。 「それは嬉しいですね。どんな事をお願いしようかしら?」 立ち上がった秋葉は河野の瞳をまっすぐ見つめながら不敵な 笑みを浮かべながら答えた。 「取らぬ狸の皮算用にならなければいいですがね」 同じ笑みを浮かべながら二人は場の中央に進んだ。 二人の間の距離はおよそ50cm。 「では」 秋葉の声と同時にお互いの左の拳を軽く当てて 1m程の間合いに離れ、お互い同じ構えを取った。 肩幅に足を開き、そこから半歩左足を出し 右足のつま先を軽く外に開く。 膝は軽く曲げ、どんな動きにも対応できる様リラックスさせる。 左の拳は鼻先から前に拳二つ半の位置、右の拳は脇を締めて右頬に 添える様に置く。 俗に言う「顔面ありのフルコンタクト空手」の構えだった。 「ではカウント5、4、3、2、1、始めっ!」 志貴の合図で戦いの幕が上がった。 「シッ!」 空気を切り裂く様な呼気と共に秋葉が仕掛けた。 顔面狙いで左ジャブから右ストレート、そして力の 流れを殺さずに右ローキックを河野の左足に蹴り込む。 パンチを捌き、右ローキックをブロックした左膝を下ろしながら 前に踏み込み秋葉の首を両手で抱え込み右膝蹴りを河野が 叩き込もうとした刹那に秋葉の左拳が鳩尾に置かれた。 一言。 ニゲロ。 そう河野の本能が告げた。 体を左にずらした瞬間、河野の右わき腹で衝撃が爆ぜた。 「っふぅゥぅぅぅっ」 崩れ落ちる膝を気力で支え、河野がそのまま秋葉を 押し倒そうと前に踏み込んだ瞬間、視界が一転し秋葉に 馬乗り、いわゆるマウントポジションを獲られた。 河野が踏み込むタイミングに合わせて首に回された手を掴みながら 体を沈め、柔道の巴投げの様な要領で回転したのだった。 「チェックメイト」 心臓の上に左の拳を置き、珠の様な汗を額に輝かせながら 笑顔の秋葉が言った。 顔面を防御していた両手を大の字にして地面に下ろし、 「詰んでしまいました、はは」 と掠れた声で苦笑しながら河野は天を仰ぎ見ていた。 「私の勝ち、ですね」 そう言いながら立ち上がった秋葉の差し出された手に掴まり、 脇腹を押さえながら河野も立ち上がった。 「さ、約束通り何なりとおっしゃって下さい」 対戦の後、シャワーを浴び、身を清めて居間で紅茶を 口に運ぶいつもの服装の秋葉に河野は言った。 もちろん河野もシャワーを借り、清潔にし身支度も Tシャツとジーンズで整えている。 「あらあら、秋葉様にそんな事を言ってしまって いいんですか~」 椅子に座っている秋葉の給仕の為、立って脇に 控えていた琥珀がからかう様な口調で河野に問いかける。 「当然でしょう、琥珀。これはれっきとした契約ですから」 真っ直ぐに河野の瞳を見据え、秋葉は言い切った。 「ご当主のおっしゃる通りですよ、琥珀さん。 これは“拳の誓約“ですから」 胸元で握った自分の右拳に左の掌を乗せ、答える様に 秋葉の瞳に視線を合わせて河野は答えた。 「そうですね、私の願いは・・・」 そう呟きながら河野を見ていた秋葉の視線に いたずらを思いついた琥珀の瞳を思い出していた。 参/つわもの達の夢の跡へ 日課である魔術の鍛錬を土蔵で行い、疲労で寝てしまい そのまま夜を明かした衛宮 士郎は、これまた日課となった 衛宮ファミリーと言える同居人達の朝食を拵える為、 台所へと向かった。 慣れた手付きで和食の下拵えをしていると、 同居人のひとりが台所へと入ってきた。 半ば諦念の相で眼前を横切り、冷蔵庫をぼーっと見つめている 人物を見る。 半眼で猫背、トレードマークのツインテールの髪型も 整えず、下ろした髪も寝癖だらけ、気高い猫の様な美貌や 普段の完璧超人の猫被りも見る影無しの つい最近一気に縁の深くなった同級生の少女。 ここ、冬木市の『管理者』の魔術師であり、五大属性統一 (アベレージ・ワン)の特一級の称号を冠する逸材。 こんな醜態を晒すのも、この衛宮邸の中での朝のひと時のみ。 「しろー、ぎゅーにゅー・・・」 その一言ではっと我に帰った士郎は手早く冷蔵庫を 開け、牛乳パックに付属している伸縮式のストローを 伸ばして刺し、手渡すと両手で受け取り 「えへへー、ありがとー」 無邪気な笑顔を満開にし、ちゅーちゅーと牛乳を 胃の腑に収めながら覚束ない足取りで、今や 自室と化した衛宮邸内の一室へと戻っていった。 「・・・今更ながら馴染みきってるな、遠坂」 過日の聖杯戦争で熾烈極まりない激闘を 共に潜り抜け、勝利を手にしたパートナー。 あかいあくまにして魔術の師、そして未来への道標にして 相思相愛の恋人、遠坂 凛(とおさか りん)のふらふらと 揺れる背中を眺めつつ呟いた。 「まあ、猫を被らないでいられる数少ない 居場所でしょうから、この家は」 「そう思ってもらえてるなら、嬉しいけどな。あ、おはようセイバー」 後ろから掛けられた声に微笑みつつ、振り返りながら声の主に答える。 「はい、おはようございます、シロウ」 こちらと同じく微笑みながら挨拶を返してくれたのは いまや家族となった見目麗しい金髪碧眼の少女。 騎士王アーサー・ペンドラゴンにして 聖剣エクスカリバーの主、英霊セイバー。 共に聖杯戦争を闘った、もうひとりのパートナー。 そして衛宮士郎のもうひとつの道標であり、剣の師匠。 「もうすぐ朝飯できるから居間で待っててくれ、セイバー」 「はい、シロウ。ああ、今日の朝餉は何なのでしょう。 何にしてもシロウの料理は美味しいですから」 胸元で手を組み、夢見る様な眼差しで中空を見ている セイバー。 かの伝説のアーサー王がこんなに可愛らしい少女 と言うだけでも驚くが、かてて加えてこくこくはむはむと 丼飯の白米やおかずを箸を使って嬉々として召し上がる。 その様は料理を作った士郎にとっては最高の賛辞である。 が、今朝はその賛辞を見る事は出来なかった。 なぜなら、 「セイバー、家の敷地内に誰か入ったらしいの。 一緒に来て頂戴」 先程の醜態など無かったかの様な、超一流の魔術師の 佇まいで居間に入ってきた凛の一言によって、その貌は 文字通り剣士の貌になっていた。 四/緋と金 「やっと着いたぁ。」 愛用のオフロードバイクのエンジンを切り、 黒のナップザックに地図をしまいながら 河野は呟き、キーを抜きながら目の前に建つ 目的の館を見た。 遠野邸には及ばないが、歴史を感じさせる 長い坂の上にある立派な洋館。 敷地に施されている結界も一流。 さきほど門柱のブザーを押した事で おそらく屋敷の主にはこの来訪も伝わっているだろう。 が、屋敷から人の出てくる気配は無い。 当代の遠坂家当主は学生と聞いてこの 時間の来訪となったがどうやら不在らしい。 「あ・・もしかして・・帰宅してないのか」 何気なく見た郵便受けに見慣れた封筒の先が 顔を出していたのを見て思い至った。 「とすると・・どこだろう?・・!?」 壁に寄りかかりナップザックから取り出した資料をもう一度見直し、 遠坂家現当主の行き先を考えていると、何か高密度の 魔力がひとつ、魔術師の気配が坂の下から近づいてくるのが分かった。 「探す必要無くなったかな?」 ジャンル別一覧
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